走馬灯

 前、(膵胆管の)手術をして、全身麻酔から覚めてから、

ずっと幻覚を見続ける体験をした、1日過ごしたと思っても1分しか経ってなかったり、

時間の感覚も崩壊した世界に数日居た、

流れる映像は幼少期に体験したり見たりした、トラウマの名場面集、

1回や2回ではなく、100回近くループ再生される、

とても数日とは思えない質量で、ただただ不快だった。


それを去年、また経験した、

今度はただ、瞑想をしてる時に発生した、

しかし前回とは違いしっかり意識があるので、詳しく記憶の繋がりを追える、

手術の時はただ勝手に流れるのを見る事しか出来なかったが、

自らの選択でどんどん深く掘る事も出来る、

深く中枢に向かっていくと、表れるのは恐怖や哀しみや絶望や怒りでしかなかったが、

その先に何か丸くて白い気持ちに到達した、うまく言語化できないけど、

心も身体も全てが満たされてる気分になった、

上も下も、哀しみも、争いも何も存在しない、完璧な気持ち、


でも、それからまた日常に戻ってから、

心をその空間に置き忘れたかのように、何か忘れてきたような状態になった、

身体は全然動くし、普通にいつもどうりの生活なんだけど、

何かを「感じる」器官が無くなったかのような、

食べても、本を読んでも、どこかに行っても、どうも意識がそれらにときめかない、

これが成長というものだったら、脳がまだこの段階を受け入れる地盤が無いような、

そんな気もするので、昨今は単に、粛々とあらゆる本を読んでたり(今は生物学)。

いつか心が戻った時に脳の知識(土)が豊かだったら、便利だと感じてくれると思うので。

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