全体性と連動しているチェーンの隙間から、さらに奥底に静かに赴けば、 おそらく神隠しの命綱にも僅かな手の意思は顕現するのかもしれない。 それはリコーダーや刺繍のように、様々な豊かさで間を埋める。 なくても現象は渦を巻き、あっても現象は変わらないように見える。 でもそれが重要なのではなく、その現象の中で移動が出来る、 その移動性というのは何か、意思だろう、意思は現象に縛られる。 でも縛られず、自由になる事もできる、全ては選択だったのだ。 どのみち、現象に左右される、意思が忘れられ、動きだけが存在してる。 意思無き残像回転は、まるで誰もいないプールに残った波紋のように、 しかし、それを観察する意識には意思を持つことができる。 なるほど、 それは木星の雲のように広大で、物語というもので記述するには大きすぎる。 しかし美しい。 たぶん収束からの解放は、トンネルに張り付いた澱の幽霊の憑依もある、 幽霊よ、どうか、どうか、 輪廻の旅に出た社の職人に、意思が無かったとは思わないでほしい、 彼らの仕事は素晴らしい、 精妙なるその念に哀悼の意を捧げる。 ありがとう、宇宙。