血肉の苦痛と共に

歩む血反吐は麻酔では誤魔化せない、

嘔吐はマボロシの影、

本当の慈悲は苦しみがあるから、

瞬間瞬間は神秘ではない、

太陽と大気の中道の呼吸は苦しみの上での歓喜。

ただ、それを忘れる事ができ、大気に顔を出す生命に語る事、それは如何か?

マボロシは悪意の嘘か?

私には答えなど無い、そんなものも嘘だ。

生命は感覚だ、それは苦しみだ、そして喜びだ、その繰り返しだ。

このブログの人気の投稿

生きながら死にながら日常の非日常。

身体再生ラフ日記 夏編「身体と言語」

生命の交換と責任。(Re:1年半前の記事への追記)