因果を越える横断者

どんなに知識的であれ、観察的であれ、生死の気配を越えても完璧は無い。
ゼロイチのCPUの回路を越える者もずっと縦横無尽というわけではない。
錯誤を持ち、1+1=3/or ∞ の膜と膜の影響は受けてしまい、自らの境界を振る舞う。
粒であり波であり、明滅の中、自らの自動実態を見破り、しかし喜と共に現れる時、
黄昏の飛躍の赦しは訪れる、綱渡り故に、あの頃に戻りたい。
綱渡りは、戻れない虚しさを持つが、その共鳴になんか浸ってはいけないのだ。

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